Pi&Co. / ピコ
何かある、何もない場所
中澤陽と小野彩加が2012年にはじめた新しいアートブランド。
芸術に於ける思想、分野の壁を取払い
新しい芸術観念を生み出す事を目的としている。
‘Performance Art Live’と銘打った舞台作品を主に、
多数のメディアにて芸術活動を行っている。
Performance Art Live
‘Performance Art Live’(通称‘PAL’)とは、Pi&Co.が定義する新しい芸術表現の形である。
「生きる芸術の実行」と訳される。思想や分野の概念に捉われず、人生そのものを芸術としている。
人間の生きる上で最も身近な物事をコンセプトとし、それを追究し続けている。
Pi&Co. Official Website をティザーサイトよりリニューアルし正式公開しました。
「何かある、何もない場所」をコンセプトに、真白で伽藍堂な空間を表現しました。
Pi&Co. Official Website
http://pi8co.com
| UI Design & Program | 橋本麦 |
| Graphic Design | 藤田峻矢 |
| Direction | 中澤陽 |
新作発表まであと残すところ一週間を切った。
やるべきことはやった。
まだやるべきことは沢山あるが…。
徐徐に次回新作への軌道も見えて来ている。
なるほど、これが前へ進むという事なのだろうか。
そういえばこの間久しぶりにちゃんとした?舞台を観た。
とてもしっくりきて、とてもじっくり味わえる舞台だった。
舞台は3時間とかある物が大半だけど、映画は一体如何だろう。
僕はもともと映画が好きで美大に通い始めた。
けれど映画なんて一切やらずにパフォーマンスだのアートだのやっている。
映画について考えてみる。
劇映画を撮らない理由はただひとつだった。日本人を撮りたくない。
これに限る。
だから将来的に海外に出る迄劇映画は撮らない。はずだった。
僕の衝動がひとつ起きた。
その衝動はまだ公表とまでは至らないが。
それはPi&Co.ではなく、僕自身。中澤陽としての作品になるのだろう、
と考えている。
構想、人集め、そして制作。すべてに置いて全身全霊を注いだ
一本の映画を創りたいと思ってしまった。
衝動は止められない。
どこまでも突き進んでいくのだろう。どこまでも、どこまでも。
とりあえず完成は何処やら。
らしい。
5月に行う新作[PARA DE]が愈々間近なのも間違いない。
が、現在次回新作についても構想を練っている。
というのは嘘で、実はもう何をやるかは決まっている。
時期や内容はまだ秘密というわけ。
[PARA DE]を観て、是非次回新作への期待も持ってもらいたい。
だが、ひとつだけ言える事は、
「同じ事」はやらない。ということ。
これは単なる「同じ内容」という意味ではなくて。
僕の中で[PARA DE]は、程よい芸術性と、程よいエンタメ性を内包した
パフォーマンスアート的舞台であると言える。うむ。
だけれども、次回新作は決してそうなるとは限らない。
まぁ、だからどうなっても良い様に’Performance Art Live’という単語が存在するのだが。
次回新作は、更にディープに抉る。
タイトルひとつで、意識を操作できたなら、光栄です。
それではとりあえず一応、5月実行の新作[PARA DE]お楽しみに。お楽しみに。
中澤 陽度々想う事がある。
情熱を奮わせてくれる誰かほど、出逢いたい人は居ない。
もちろん大人かもしれないし。年下の誰かかも解らない。
けれど言葉を聞いたり、行動を見つめていて、
この人となら自分のやりたい事が精一杯できると思える人。
そんな人に出逢いたい。
今僕は大学二年生で、新一年生が入って来た。
実は入学式に「侵入生」として参加して、
ここぞと言わんばかりに一年生と仲良くなっている現状。
とても素晴らしい感性を持った人もいるし、
ただただ律儀で真面目な人もいたりする。
僕の事を敬うどころか一仲間として受け入れてもくれたりする。
新しい出逢いが僕の心を奮わせる。
この人が、こういう事をしたら絶対おもしろい。
そう思う事があって、プロデューサーではないが沢山話しをする。
するとその人の色々な面が見えて来て、関係も、知識も深まる。
そこから生まれたひとつの信頼関係が、新しい経験や、
また新しい出逢いを生み出す気がするんだ。
情熱とは常に冷静のすぐ近くにあるもの。
相手の心の奥底に眠る情熱を、冷静に見つめて、
それをここぞと言わんばかりに呼び覚ませば。
自らの情熱を無限に滾らせることができるだろう。
尻込みせずに、一歩一歩前へ進もうか。
経験と、人脈だけが。すべてじゃないから。
自分の中の自分という敵に、一番の情熱を燃やすべきだ。
目の前の誰かは、永遠に誰かでしかないわけだから。
久しぶりに曲を創っている。
友人の歌い手さんがとても素敵で、なんとなく創ってみたくなった。
最近は何かとプロデュース的な物が好きになりつつある。
音の事を考えているととても楽しい。
曲づくりとは、あくまで定められたリズムの上に音を乗せて、
それを重ねて行くものなのだが、ちょっとしたエッセンスとして
リズムのない、環境的な、自然な音を入れてあげると、
とても面白い音が生まれてくる。耳の奥に聴こえる静かな何か。
それを探究していくのがなんだか、不思議と楽しい。
音を記号化するのに楽譜というものを用いるが、
現代音楽の様に自分でオリジナルの楽譜を創るのもまた楽しい。
スコアの上にペンを走らせると、想いも寄らない新しい音が見えてくる。
それをまた紡いで行く事で、新しい音を生み出せる。
とりあえず、やったら逃げろってことで。
自由に音楽を創っている。
眠れないのでちょっと書いてみようかと思う。
ファッションとは芸術に於いてとても難しい。
だが、生活に於けるファッションとはとても単純で、とても素晴らしい。
最近ファッションについて色々と考える事が多くなった。
ファッションとは歴史であり、生活であり、芸術である。
そう思う最近。
新しい風を吹き込む為にも新しい出逢いを求めていた。
そんな中、文化服装学院に通う日高俊という男に出逢った。
彼はとても感慨深い「世界観」を持っている気がした。
ファッション=なにか。ではなく、定義しない素晴らしさというか、
ファッションとはまず生活であって、芸術の一部である前に人そのものである。
というような感覚。つまり、「好き」なモノが「好き」であり、
そうでないものはそうでない。というだけなのだ。
それは衣住食に於ける点でも言えることだし、
芸術だって結果個人個人の好き嫌いであると言える。
その中に自分の審美眼を信じて完成された「世界観」があると思う。
彼はそういった独特に形成された「世界観」をうまく醸し出していた。
自分にとって自分の「世界観」を重んじる事は今迄さほど重要ではなかった。
何せ僕は「定義」が嫌いな人間だから。「僕はこういう人間である」という風に
言うのが嫌だった。どんな瞬間も臨機応変に変われる人間になりたい。
それを自らの「世界観」にするにはどうしたら良いのか?
そんなことを考えてこの文章を打っている。
とまアこの様な事を寝ぼけ眼で考えていると、
いつも答えには辿り着かないのだが。
トンネルを飛び出す前こそ気をつけろ。ということネ。
創ることは、常に変化していくことだと感じています。
やる側も、観る側も、常に変化があると。
時代は流れて行くし、人の心は動いて行くし、
それに対応するかしないかっていうのも自分次第だったりして。
もっとも自分の中のやりたいなって思う事に妥協はしませんが。
クリエイティブなことをして生きて行くってことが
とても快感だってことを再実感し続ける毎日で。
ちょっとひねくれてみようかなって思ってます。
真っ当な大人ができることは、礼を言うことぐらいですし。
PARA DE
どういう作品かというと、単純に言えば、立場の話です。
演劇とかダンスとかではやけに立場ってものが重視されます。
近年にみるアイドルのセンター争いとかも、そのひとつかなと。
演劇では関係性とか経験とか。そういう風な言い方もされますが。
舞台のどこに立っている(もしくは座っている)かで
その人間の立場は大きく変わります。
それがどういう風に構成されていくかっていうのを、楽しもうかと。
Performance Art Liveの始まり。
皆様も一緒にPARA DEに参加しませんか?
あなたが芸術の一部と成り、この作品は完成します。
あなたが出来る事は、足を踏み出す事と、立ち止まる事だけ。
Pi&Co.は、ピコと読みます。Pi&Companyの略でもあります。
数字にすると0.000000000001になります。
沢山の∞と、小さな1で出来ています。
世界中には、沢山の人々が居て、沢山の心があると思います。
その人々の心の中で、一体「芸術」とはどういう存在であるのでしょうか。
僕は目に見えるものも、見えないものも、
すべてが「芸術」であると思います。
そんな世界中に溢れる「芸術」を人々は沢山実行してきました。
僕たちは、Pi&Co.によってその「芸術」を再実行します。
死んでるように生きたくはない。